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第二次アジア旅チェンマイ郊外②

チェンマイから国道を南(バンコク方向)に1時間30分ほどのランパーンへドライブした。チェンマイ郊外にあるランプーンと同じく、モン族の王によって築かれた街で、チェンマイのランナー王朝やビルマの影響も濃い街だ。
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19世紀にはビルマを制した大英帝国のタイ北部のチーク材の集積地として栄えた、ランバーンではどこか英国の雰囲気があるという。もっとも私には正直なところ、他のタイの地方都市と同じようにしか感じられないのだが、このタイ随一の花馬車だけが、ちょっと珍しく思えただけだが。このように観光客だけでなく、地元庶民の足として今でも街中を花馬車が行きかっている。
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チェンマイのピン川やバンコクのチャオプラヤ川とも続くワン川の畔に開かれた街は、古い町並みが残っている。私たちは車を道端に停めて、徒歩で散策したので行かなかったが、このワン川の北側にあるワットプラケオ・ドーンタオは、タイで最も高名なバンコクのエメラルド寺院にあるエメラルド仏が1400年代の半ばはこの寺院に30年ほど安置されていたということで有名だそうだ。
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市場通りの商店街はロイカートンの祭りが近いせいか、お祭り用の提灯やコムローイが賑やかに並ぶ。
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ワン川に近い市場は最近新築されたようで、新しく大きいが訪れた時間が午後のせいか、中はガランとしていて人影も少なかった。
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チェンマイからバンコクへの道はランバーンまでが11号線、ここから先は1号線となるのだが、いずれもタイの最大の幹線道路だ、このあたりは真ん中は分離帯となる緑地もある片側2~3車線もあり快適なドライブができる。市街地に入り信号待ちとなるとすぐに物売りのオバサンが寄ってくるが、このオバサンが売っているのは生花を編んだ花輪なのだが、なんとこれをタイ人のドライバーは結構買うのだ。
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この地方ではどの町でもロイカートンを盛大に行うようで、国道沿いにはそのコムローイ売りの売店がずらりと並ぶようだ。
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アジアでドライブしていると日本では考えられないシーンによく出会う。左はどう見ても、結わえてもいない重ねただけのコンクリートの荷物、このトラックの後ろをを走るのは命がけとなる、いつこの荷物が落下してくるか。自分の背丈もの何倍もの高さの荷物もあたり前のようだ、やはりカーブでこの車の横は走れない。
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チェンマイ北部のパラオの街、山あいの小さな町だが、この地方では交通の要所なのか、小さいながらも商店も市場も充実している。
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懐かしい雰囲気の木造の商店と珍しい四角いポスト。
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チェンマイ郊外でも人気の高いメーサー滝。滝と言っても落差が数メートルほどなので日本では滝というより瀬という感じの滝が10ほど川の上流から散策道に沿ってつづいている。タイにはこんな小規模な滝の川は多くあり、やはり暑い熱帯の国柄か、タイ人はこんな滝が大好きだという。休日ともなれば家族づれのハイキングで賑わうのだ。
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第二次アジア旅チェンマイから夜行寝台

ちょうど2週間のチェンマイの滞在を終えベトナムへ移動する。このチェンマイからタイ国鉄の夜行寝台特急に乗りバンコクへ、そして明日の朝バンコクへ着いたらそのままベトナムのハノイへと飛ぶのだ。前回の訪タイ時にはバンコクから夜行寝台でチェンマイまで乗ったので、今回はその逆のチェンマイ~バンコクに乗ることにした。チェンマイを16時に出発して明朝6時30分のバンコク着(タイ国鉄は必ず1時間程度は送れるが)、そのままバンコク空港へ行き、昼頃のハノイ行きのベトナム航空に乗る予定だ。
チェンマイからバンコクまでは毎日3往復の夜行寝台が出ている。チェンマイ発は16時、17時、17時30分の3本だ。今回は一番遅い17時30分発のつもりでいたが、10日ほど前に駅に切符を買いに行くと1等車はすでに満席とのひとで、17時発にした、通常この寝台はそんなに早く満席になるものではないが、今回は流石に1年でも最大のお祭りであるロイカートンの季節だけに、外国人観光客も多いからのようだ。
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チェンマイ駅は旧市街からは少し離れていて、駅前広場はいつもタクシーが数台いる程度でガランとしている。切符売場はファランなどの観光客ばかり、タイ人には安くてしかも早く正確な長距離バスのほうが人気だ。
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16時の発車までまだ時間はあるが、それにしても人が少ない。
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15時30分頃にやっと私たちの乗る列車がホームに入線してきた。
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のんびりしたものだ、ホームにはまだ乗客は多くない。こんな風にホームに犬がゴロゴロしているのもタイならでだ、私の知る限り、アジアの他の国でもこうした風景を見れる国はない。こうしたところがタイの良いところで、好きになる所以である。
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私たちが予約したのは1等個室寝台だ、ベッド1つの個室だが、隣りあわせた2室がコネクティンク゜になっていて2室で1室として使えるのでとても便利だ、しかしこの1等個室は3本の列車のうちこの16時発にだけ連結されているようで、あとの列車には1等はあっても個室はないようである(不確定だが)
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列車は相当にボロイというか、かなりの年代ものだ。というのもどうやらこの車両は日本のJR西日本のお古のようだ。たぶん大阪から九州を走っていたブルートレインだろう。この壊れていてつかえねしない操作パネルにはハッキリとJR西日本の文字だ。
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こちらはやはり使えもしない、ビクターのVHSのビデオまで付いている、何十年前に日本で走っていたかは知らないがたいしたもんだった。しかしそうした壊れたものを取り外さずにそのままにしているところはやはりタイだ。
この洗面台は使えるのだ、これだけでも有難い設備だ。
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チェンマイを出ると、すぐにバナナ畑、水田、そしてジャングルの景色が続く、先日レンタカーで訪れたランプーンの街もすぐだ。
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第二次アジア旅ベトナムハノイ①

バンコクからハノイにはベトナム航空で飛んだ、この航空券はホテル予約システムの「エクスペディア」で予約したので、その予約確認書がいわゆるEチケットの形状でなく、ホテルの確認書のようなものだったので、バンコク空港のチェックインカウンターでちょっと心配だったが、カウンターの係員にはなんの問題もなくチェックインしてくれてほっとした。こうして世界を旅していて、ホテルはほとんどがBOOKING.COMなどのホテルの予約サイトを利用し、またAIRについては極力該当する航空会社(大手やLCC)のHPより予約しているが、AIRについては今回のエクスペディァのようにそれ以外のサイトで予約することもあり(料金が大きく異なるなど)、その時は少し心配もある。なにしろホテルと違い、もし目的の航空機に乗れないとなると、旅の旅程が狂うだけでなく、後のホテルの予約や、他の料金にも大きな損害がでる可能性が強いのだ。ちなみにこのバンコク~ハノイのベトナム航空はエクスペディアでの予約が一番安く、一人13000円程度であった。
バンコク~ハノイは2度間たらずのフライトだが、けっこう良い機内食が出た、東京~バンコクの7時間のフライトの全日空よりよほど良いのだ。
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ハノイは私は三回目で約8年ぶりだ、この間ベトナムは随分と経済的に発展して豊かな国になったと聞いていたが、このハノイ街はあまり大きく変わったという感じはしない、相変わらずアジアの色濃い町並みにバイクの洪水だ。
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ベトナムの首都であり、その中でもここらあたりは都心、東京でいえば銀座ともいえる場所でこうである、この先に尋ねるホーチミンなど、随分超高層のビルも林立しているようであるが、どうやらハノイはちょっと違うようだ。またこの市民の服装を見てわかるように結構寒いのである、緯度的に言えば北回帰線のはるか南で謂わば熱帯であり、しかもまだ12月1日という冬の始めである、これでは東京と変わらない気候だ。街ゆく人はダウンや厚手のコート姿が多くこれが熱帯とは信じられないのだ。
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私たちが南国好きな理由の一つにオープンエアーの店でのくつろぎである。店外の席に座りビールなど飲みながら街ゆく人の姿に興ずる、そんなことではあるが、このハノイではその店外の席がこけである。これはどう見ても日本では風呂場でつかうプラスチックの小椅子である、また当然のようにテーブルもない、いくらなんでもこれに座り優雅にタウン&マンウオッチという雰囲気ではない。しかしハノイの人々はどこでも、だれでもこの椅子に座れ込んではお茶や食べ物を手にして楽しんでいる。たとえムードある恋人同士のデートでもそうのようである。
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ハノイ旧市街で一番大きなドンスアン市場、外観も場内も10年前と変わっていない、その商品の豊富さも同じだ、ただ周辺も含め昔に比べるとこれでも随分と落ち着いた雰囲気になった感じだ。この市場は市民への小売だけでなく、商店への卸売りもあるようで、大量に仕入れてバイクや車で帰る商人も多い。
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ホーチミン廟は以前とまったく変わっていない、しかしそこを
警備する兵士や警官の表情は違った。随分と穏やかな雰囲気というか、前のピリピリとした緊張感は見られない。今でも共産国ではあるが、そこはドイモイ政策で経済が発展し豊かな国になった効果なのか。
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廟を警備する兵士もなんだか普通の若者の表情で微笑ましいほどだ。
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第二次アジア旅ベトナムハノイ②

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世界遺産にも登録されているタンロン遺跡はまだ発掘中でもあるが、その第一城壁の端門の楼閣からこんな風景を見れた。実のところこれが何なのかはさっぱり不明ではあるが、ともかく大人数(たぶん100人以上はいた)のハノイの若い娘が艶やかなアオザイ姿で並んでいるのだ。まわりには何人かはスーツで決めた若い男もいるにはいるが人数が圧倒的に少ないので決して集団見合いやデートではない。かといってマスコミやプロのカメラマンもいないのでテレビなどの撮影やイベントでもなさそうだ、しかもこの鐘楼を降りて歩くとこの近くにはこの手のアオザイ娘がまだ続々と集合してきていた。謎ではあるがともかくこれだけのアオザイ美人(確かに美人が多い)を一同に見れたのは特したことは間違いない。
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緊張感もなくみんなとても楽しそうだ。
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今回のベトナム縦断の旅で利用するフエ~ダナンのベトナム統一鉄道の切符を買いにハノイ駅へ行った。フエ~ダナンは乗車時間は2時間半と短い区間であるが、当日フエで買えるかどうか不明だつたので、ここで買うこととした。切符売場は混雑もなく、窓口の駅員も事務的ではあるが簡単に購入できた。
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駅近く統一鉄道の線路と市道の踏切、線路は民家ギリギリまであり(江ノ電や都電早稲田線より近い)線路というより町内の道路だ、住民の道という感じ、よほど列車が少ないのか。
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これはハノイ駅から一駅北(ハイフォン)の駅ロンビエン駅とそこからホン河を渡る鉄橋だ。この鉄橋は全長1700mもあるのに、このように線路の上を歩いて渡る人がいる。実はこの脇に人と車用の端部分があるのにだ。まあ列車そのものはこの時刻表のように数時間に一本という少なさではあるが。
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ベトナムと言えば、フォーだが。ハノイ市内にはどこでもフォーの店はある。屋台もどきから小奇麗なチェーン店までさまざまな店がある。その中でもガイドブックによるとこの「フォー・ティン」がハノイ、いやベトナム一美味しい店とのこと。店は綺麗でも汚くもない普通の店、出てきたフォーは麺と汁の上に半生の牛の薄切り肉と浅葱をたっぷりと載せたもの。たしかに美味い、もちろん私が今まで食べたフォーの中では群を抜いた一番だ。値段は35000ドンだから、日本円で約150円だから、ベトナムの物価ではかなり高い(日本の感覚では1,000円~1,500円)が店はほとんど満席だ。食べている人も観光客は私たちだけで、あとは普通の市民だ(金持ちでも貧乏でもない普通)、日本でも美味いと有名なラーメン屋なら1杯1,000円のラーメン屋でも行列に並んででも食べる人は多い、ここハノイでもそういう感覚なのだろうか。
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これはどちらも普通の歩道にある電柱とそこに架かる電線だ。ベトナムだけでなく、タイや東南アジアの国ではこうしたものを良く見かける。電線がどうしてこんなに大量にしかも訳が分からないほどゴチャゴチヤに絡まっているのか謎だ。しかし聞いた話では後進国では盗電というのが平然とあるとのこと。これもその一部ではないのか???
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これはいわゆる電動自転車である。しかし日本でいう電動アシスト自転車ではない、似て非なるもの、つまり日本のように漕がなくてもよい自転車だ。よく見るとわかるが、ペダルの下の部分とバッテリーが日本のそれより断然大きいのだ。ハノイでは特に女性に人気だそうだ。理由も面白い、バイクはこのベトナムでもヘルメット着用だが、この電動自転車はノーヘルで載れるからだと。たしかにハノイの街では良く見かけた、バイクのように漕がずに、そしてかなりの速度(30㌔)もでるようだ。しかもこれ日本のヤマハかブリジストン製だ。こんなの是非日本でも認めて売ってほしいものだ。
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ハノイでの私たちの宿泊したホテル、いつもどおり街歩きにベストな場所というロケーションで選んだ、まあ高級に属するホテル、1泊朝食付きで1室10,000円程度。
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第二次アジア旅ベトナムフエ①

ハノイ~フエへの移動もベトナム航空だ、この先のベトナム国内の航空機とホテルは、ベトナムにあるスケッチトラベルという旅行会社で手配した。もちろん日本出発前にネット上のやりとりで予約と支払をした。
ハノイ空港、まだ新しそうだが首都のメイン空港としてはかなり小さい、チェックインカウンターも待合室も多くはない。
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フエの空港、とてもこじんまりというか小さなローカル空港だ。
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フエはベトナム最後の王朝であるグエン朝の都だ。この王宮門はフエを代表する写真となる場所だ。
王宮内は石造りの城壁に囲まれた内にありかなり広く、その中にいくつもの建造物がたっている。
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右の建物は中国の紫宸殿を真似てつくられたという大和殿だ、そういう意味ではこの王宮そりものが、中国の王宮の造りと似ているようだ(残念ながら私は未だ中国へは行ってないのだが)
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フエの旧市街と新市街がフォーン川を挟んで対岸にある、どちらも市街地は徒歩でも周れるが、フエの郊外にはDMZ(非武装地帯)や多くの帝廟などがあり、これらは不便な場所にあるので個人では周れない、ホテル近くにあるはツアー会社で、郊外の帝廟などお周半日ツアーを申し込んだ、車利用で日本語ガイド付きで約7000円だ。価格が高い安いと別としても、個人旅行ではこうしたツアーは時にはとても便利だ。
左がトゥドゥック帝廟で右はカイディエン帝廟。どこも綺麗に整備はされているが、まさに強者どもが夢の後という感じだ。
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ツアーの途中で寄った線香つくりの工房だ、緑濃い風景のなかでのこの色は一層艶やかだ。
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新市街にある私たちの宿泊ホテル、高層階の私たちの部屋からはフォーン川を挟んで対岸の旧市街や王宮方向が良くみえる。
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宿泊料は朝食付きで約8,000円ほどで安かったが、ロケーション、設備ともとても良いホテルだ。
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第二次アジア旅ベトナムフエ②

フエは素朴でとても居心地の良い街だ、今回のベトナム旅ではこの後ホイアンへも滞在するが、ホイアンは街全体が観光客のための街と言う感じだが、このフエは観光客ももちろんいるが、街の様子そのものは、あくまでも地元市民の生活にもとずいていて、しかも落ち着いた佇まいの街である。
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旧市街と新市街を結ぶ、ウォーン川に架かるチャンティエン橋(??)は朝夕は通勤のバイクで賑わう。その下の川面には投網を打つ漁師がいて、その横はこうして物売りのオバサンがのどかに歩く。
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旧市街のフォーン川沿いにあるドンパ市場は裏手が川で、地方から来た産物が直接小舟から荷揚げされている。旧市街は王宮だけでなく、少し歩けば結構古びた民家や商店が多く歩いていても楽しい町並みが見られる。
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この豚三匹も売り物なのだろう、こんな光景は今ではアジアの国でも都会では見られなくなった。
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市場から街中へと天秤棒のオバちゃんたちが売り歩く。こういうのにオジちゃんが少ないのはどこの国も同じだ。
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こんな歯医者やこんな薬局も、ベトナムではこうした店が、つまり歯医者ばかり、薬屋ばかりのように同業の店が何件も連なってならんでいる。
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フエだけでなくベトナム中どこでもバイクの人はこうして大きなマスクをして頑丈にガードしている。私からみれば、こんな田舎町、東京などよりよほど空気もきれいだと思うのだが。
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素朴な街だけに夜は暗い、新市街のホテル近くのいわゆる観光客の集まるレストラン(というより食堂)のある一角を除くとこんなものである。売っているのは焼き芋に焼トウモロコシ、この白いトウモロコシが食べてみたらやたらに美味しかった。
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ホテル近くの食堂で食べた、バイン・コアイ。ベトナム料理で有名なバインセオのミニと言う感じだ。小さいけれどこれが食べやすく美味い。いわゆるフエ料理を代表する逸品だ。
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今回の旅でも、このフエ、ダナン、ハイホンだけでしかなかったフーダというビール。値段がこの缶ビール1本が約20円という安さだ。物価の安い東南アジアでもビールは一般的にぜいたく品で、だいたい1本80~100円というのがタイでもマレーシアでもベトナムでも相場だ。でこのフーダは最安だ、店売りで20円、食堂で飲んでも30円くらい。ただしベトナムでもこの中部にしかないローカルビールだ。ちなみにホーチミンでフーダは???と聞いたら、あれば中部地方だけのローカルビールで美味しくないので他では売っていないと笑われた。私にホーチミンのビールと比べても何の問題もなく美味しいのだが。それにしても安いのに。
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第二次アジア旅ベトナム ハイヴァン峠

今日はフエからベトナム国鉄にのってダナンまで、そこからはタクシーでホイアンまで移動する。北のハノイから南のホーチミンまで、いわゆるベトナム統一鉄道約1700キロの区間を約30時間かけて、現在は一日5往復の列車が走っている。そしてここフエからダナンの間にベトナムを南北に分けて気候も人の気質もガラリと変わるといわれているハイヴァン峠がある。今日わたくしたちはベトナム統一鉄道でその峠越えをするのだ。この峠越えは今では新しいトンネルもできバスなら短時間でこえられるが、統一鉄道はその険しい峠を約3時間かけて超えるのだ。
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フエ駅は新市街の私たちの宿泊していたホテルからはタクシーで10分ほどの近さであった。駅前広場はガランとしているだけで、何か食べ物でも買おうと探したがそれらしい店はない。左の写真が乗車用の駅舎で切符売場や待合室はこちらにある。右はどうやら降車専用の駅舎のようだ。
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切符売場、上にはなぜかロンドンやニューヨークなど世界各地の時間時計がついている。今日の列車はこのようにあと3本のようだ、私たちはSE3という11時45分発のホーチミン行きに乗る。
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私たちが駅についた時はホームにはほとんど人影がなかったが、しばらくすると私たちの乗るSE3とは反対方向のローカル列車らしい列車が到着した。かなり多数の乗客が乗り降りしてホームはたちまち人でいっぱいだ。同時に食べ物や飲み物の売り子も群がってきた。
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まもなくするといよいよ我々の乗車する特急列車のSE3が到着した。この列車は昨日の23時にハノイを出発して約12時間かけて夜行で走ってきていたのに到着時間はほとんど遅れずに着いたのだ。
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期待はしていなかったがこれが超長距離を走る特急列車だ。ほとんど満席だ。
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出発するとすぐに食事などの販売が始まる、この車内販売の係員はどうやら正規???の売り子らしく制服着用だ。
車両はかなり古い(最低でも30年前か)オンボロだが、後付けでこのような液晶テレビが備わっている、これもアジア的というかベトナムか。
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実は乗ってですぐにトラブルがあった。この統一鉄道はすべての席が指定席であり、当然我々も事前に(ハノイで)指定席を購入していた。しかしこの切符に印刷されている1号車の2番という席が存在しなかったのだ。座席は日本の列車と同じように壁に座席番号があり、それで判断するのたが、どう探してもないのだ。しかたなく違った番号の空いている席に座っていたが、どうやら本来の客がいて検札の係員に見せると、なぜかなんの問題もなくその客(ベトナム人)を他の車両の席に連れていくのであった。この番号の座席が存在しないことも、なぜなのか、どうなったのか、いまだにわからず釈然とはしないが、まあこれがベトナムなのであろう。
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フエは小さな町だ列車が走り出して5分もすると郊外ののどかな田園地帯となった。
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暫く走ると登坂だ、平行して走っていたバスもけっこう喘ぎながらのぼっているのでキツイ勾配のようだ。
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いよいよ山道になるといくつかのトンネルを抜ける。
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トンネルの先は海だったというか、海沿いの崖道を走る。この峠は標高が約500mむほとせしかないが、この峠を挟んで北のフエが雨でも南のダナンは快晴ということも多いほど気候の別れめだという。当然ベトナム戦争の時も最重要地点でもあったようだ。
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そしてSE3の特急列車は13時30分、まさに定刻にダナン駅に到着した。
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ベトナム中部では最大の都市であるダナン駅はさすがに大きく、乗客も多い。駅舎は列車の本数が少ない割には立派だ。
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第二次アジア旅ベトナム ホイアン①

ダナンからタクシーで海岸線沿いに40分ほど南下するとホイアンだ。古い町並みが残る川沿いの旧市街とそこから4㌔ほど離れたビーチに面した町で、旧市街はどこまでも歩きだけでまわれるほどの小ささだ。
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街はこの川で二分されていて、その二つをホイアン橋で結んでいる。左側が世界遺産にも登録されている旧市街で右側は川沿いのレストランから一歩入ると観光客などもいない普通の町家が続く。
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普通の町家側
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ホテルや観光客の多い旧市街側
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ホイアンというよりベトナムを代表する観光名所にもなっていて、2万ドン札にも印刷されている屋根付きの橋の遠来橋は別名日本橋とも言われている。このホイアンは15~19世紀にはアジアとヨーロッパの交易の中心地として栄え、当時はアユタヤやマニラと並ぶ日本人町があったという。その日本人によって作られたのがこの橋だという。
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橋はアーチ状で車は渡れない、中には小さな寺もつくられている。
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観光客で賑わう旧市街は古い町並みに土産屋レストランなどが並ぶが、観光入場施設としては古い中国式の商家である。どれも中国系の商人や役人の家として使われたもので、よくよく考えるとマレーシアのペナンやマラッカでのものと同じであり、ここでも中国人(華僑か)とは凄いものだと考えさせられる。それに比べかっての日本人街など跡形もなく残っていないことも。
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町中にあるお寺もすべて中国式、このぐるぐる線香も。
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旧市街の川沿いにはいつも通りでお決まりの市場だ。午前中は商品を納入する人、売る人買う人でとても賑わう。
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海に繋がっている川にめんしているだけあり、魚などは船で直接入ってくるようだ。蟹やエビなど海産物が豊富だ。
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第二次アジア旅ベトナム ホイアン②

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世界遺産の町並みとともに有名なのは、この川沿いのランタンの照明が美しい風景だ。毎月旧暦の14日(満月)の夜は町全体をこのランタンで飾り、とても幻想的なムードに包まれるという。残念ながら今回の私たちの滞在日とは異なっていたが、しかしこの川岸の雰囲気からも想像できるようだ。
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夜の川岸はこの雰囲気を味わいながらのレストランが並び、川沿いの席は大人気だ。
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町並みや夜景も良いけど、それ以上に味があるのが、この運河のような川だ、海も近いこともあり、少し町をはなれると、こうした漁をする人もいるし、ここの桟橋から、いくつかの場所に市民の移動用の船も出ている。朝夕などは結構利用が多く、人だけでなく荷物にバイクに自転車と、目と鼻の先の対岸ではないことは確かだが、どこかの町へいくのだろう。
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これもベトナム物でよく見かける丸く大きなザルのような船だ。まさしく竹で編んだ特大のザル外側を動物の油のようなもので塗り固め水がもらぬようにしたものだ。ベトナム中部の海岸などで漁師が小魚などの漁につかうようだ。あの峠越えの列車の窓からも何度も見かけたが、このホイアンの川辺にもあった。
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ベトナム中部の海沿いの街は雨季にはどこも少なからず洪水になるという。このホイアンでも9~11月にはトゥボン川が増水して旧市街の家々の1階部分が水没するほどの洪水になるという。この日は雨季ではないが、潮の大きい日なのか??夕方になるとこのように増水して川の水が氾濫してまるで歩道までが川のようになった。
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過去の洪水の写真、昔でなく、むしろ毎年氾濫の規模が大きくなってきたいるという。
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旧市街から4~5キロのところにホイアンのビーチ地区がある、最近はこちらの地区も人気があるむそうでリゾートホテルが何件も建っている。旧市街からは車で10分、レンタサイクルでも20分程度でこれるので便利だ。
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この日はまでシーズン前で海も荒れていたようで人影が少なく、観光客相手の土産売りのオバチャンも暇そうだ。
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ホイアン名物のホワイトローズという食べ物とその製造元の食堂。米粉の柔らかい皮に包んだ生餃子という感じ、なかなか美味い、ホイアンのいくつかの食堂でも食べられるが、すべてこの店で作られているものらしい。
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私たちの宿泊した旧市街で一番大きいホテル、敷地に緑がおおくゆったりした居心地の良いホテルであった。中級で昼食付きで1室約7,500円と安い。
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第二次アジア旅ベトナム ダナン

ダナンはベトナム中部では最大の街である。ベトナム戦争時にはアメリカ軍最大の基地があり、「基地の街」として日本でもベトナム戦争の記事でよく目にしたが、今ではそんな面影まったくと言ってよいほどない。この町自体には観光的要素はないが、ホイアンへの入り口でもあり、最近はそのホイアンへと続く郊外のビーチ沿いに巨大リゾートホテルが開発されている。私たちもホイアンへの往復にそのリゾートホテル群を横目に走ったが、果たしてこんな巨大にホテルを満たすほどの観光客がくるのか疑問を思った。十年後には寂れて廃業した世界になるか、また中国人観光客で溢れる観光地になるかのどちらかであろう。
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ダナン市内にはこれと言って観光するようなものはない、しいて言えばこの大河ハン川に沿ってホテルや散歩道が整備されているのでここくらいだ。あと市街地は大都会なので何か所は市場や商店街がある。
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どれも私たちが宿泊したホテルの窓からだが、ハン川に架かるソンハン橋方向の夜景はイルミネーションで飾られた橋や建物でなかなかの景色だ。ハン橋はレインボーカラーに色が移る、それにしても随分と電気代もかかるだろう。
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経済発展というか、景気が良いのかこのハン川にはこうして建築中の巨大な橋がまだ二つある、しかしこの交通量でこんな橋が本当に必要か疑問。
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左は、どうもベトナムは今テニスブームのようだ、この暑さでもベトナム各地でこうした光景を見た。この日も日曜だったせいか10面もあるコートがいっぱいだ。右はこれもベトナムならではの光景だ、鳥を飼っている家や店がやたら多い、みな鳴き声を聞いて楽しむとか。
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市場はやはり南国だ、左は大量な春巻きの皮だ、右はお決まりの香辛料、どちらもベトナム料理にはなくてはならないものだ。
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これどう見てもバナナの葉っぱだ、バナナなんか道端でもどこでもあるのに、これをどうしょうと言うのか。
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ここのバイクにはマスクマンだ。
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街角カフェはこれが標準。市民が飲んでいるのはこれ、真ん中のがお茶(日本でいう番茶の冷たいのでちょつと甘い)両側は珈琲、俗にいうベトナムコーヒーでとても濃い、これにたっぷり砂糖をいれて飲む、エスプレッソと同じだが、こちらは冷たい。だいたいどちらか、または両方飲む人が多い。
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これ古タイヤやチューブのゴムで作ったゴム草履、製造直売だ。
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私たちが宿泊した川沿いのホテル、料金は朝食付きで約8,000円。口コミではあまり芳しくなく心配したが、泊まってみれば、人的サービスはイマイチだが、ロケーションは絶好だし、部屋もこのとうりでベスト。だいたいベトナムでは朝食付きで10,000円以内の中級ホテルのレベルは高い。
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ダナンの空港、新しく綺麗だが、大きさの割に利用客が少ない、真昼間でこのようにガランと人気がない。ビーチのリゾートホテルや橋といい、これからの先行投資なのか、それともバブルのゆえんか。
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ベトナム航空国内線でホーチミンへ向かう。しかし実はこれも事前ではあるがトラブルがあった。日本からこちらの旅行社を通じて予約してあった便がある日突然フライトキャンセル、私は過去の経験からネットでベトナム航空のホームページを監視していたので、事前にそれに気がついて、今回は旅行社を通じて別便の手配をしてもらった。しかし気が付かなければ、このように当日空港についてキャンセルに気づいても後の祭りである。この日は昼から午後にかけて3本のフライトがキャンセルだ。理由は私の推測だけど、たぶん予約客が少なかったからだろう。ともかく旅行会社からも言われたが、ベトナム航空の国内線は絶対に信用できないと。当日チェックインが終わるまでは搭乗できるか保証はないというようである。ま、さすがに国際線はまだましとのこと。
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で、搭乗する時にまた驚いた。ベトナム航空のはずが、何と機体が、このようにカンボジア航空の機体である。ベトナムの国内線でダナン~ホーチミンだから、どう考えてもカンボジア航空との共同運航便(コードシェア)ということはないはずなのに。ひょっとすると機材が不足していて借りてきたのだろうか。
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第二次アジア旅ベトナム ホーチミン①

ホーチミンも約10年ぶりだ、このベトナムで一番変わったのはホーチミンだろう。テレビの番組やガイドブックでも事前に見ていたが、やはりだ。このビル群は東京でもおかしくないが、これが今のホーチミンだ。今やバンコクやクアラルンプール、シンガポールに次ぐ高層ビルの都会だ
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変化の激しいホーチミンだが、さすがにこうした歴史的構造物は変わっていない。前回は何かの行事で入れなかった統一会堂に入った。ここは南ベトナム政府の大統領官邸だったが、何と言ってもベトナム戦争終結の1975年4月30日に解放軍の戦車の突入により、この屋上のヘリポートから政府要人がトンキン湾にあったアメリカの空母にむけてヘリコプターで脱出したシーンである。
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ドンコイ通りは何もかも変わっていた。というより新しいビルがどんどん建ち、古いものがほとんど見当たらない。10年前にツアーで来た時もドンコイ通りに面した小さなホテルに宿泊したが、今回そのホテルを探したが、すでになく、たぶん新しいビルに変わったのだろう。この中央郵便局は外観も中も昔のままだ。
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この圧倒的なバイクの群れは昔のままだ、だけど昔はバイクがすべてだったけれど、今は車も多いのが変化といえば変化だ。
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ハノイと違い在留日本人の多いホーチミン、特にこの中心部では日本食には困らない。このレタイントン通りには和食系の店がずらりと並ぶ、それも駐在員御用達のはずなのに、高級でなく大衆的な店が多いのが嬉しい。
私たちが頼んだ、サンマ定食、サバ焼き定食も日本で食べる定食とまったく遜色のない味と質だったのが驚きだ。しかも値段も500円程度で、現地物価としては安いとは言えないが、これらの食材がすべて日本からの空輸を考えると決して高いとはいえない。これもアジアの主要都市が毎日何十便のも大型航空機で結ばれているという、流通のおかげであろう。
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ここはドンコイ通りに面したビルの中の「回転すし」ならぬ「回転なべ」の店だ。カウンター越しにくるくる回る野菜や肉に魚などの鍋の具の小皿から、好みのものを取り、自分だけの一人鍋に入れて食べる。料金は適当に食べて一人1,000円くらいだから、決して安くはないが市民には大人気のようだ。だいたい不思議なことにベトナムだけでなく、この暑い南国の人は鍋好きなのだ。日本では鍋といえば寒い冬のもので、夏はあまり食べないのにである。回転すしは日本からの輸入だろうが、この回転なべは是非日本へ逆輸入してほしいものだ。とても便利で気軽に鍋が楽しめるのだ。
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9月22日公園で開かれたフードフェスティバルにも和食の吉祥が出展だ。ホーチミンのどこかに店があるのだろうが、あの東京の吉祥の店かどうか。
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ペンタイン市場前のバスターミナルからバスでチョロンへ行く。チョロンはここから五㌔ほど離れた華僑の街だ。このベトナムで華僑というと中国人の街というわけだが、どうもベトナム人と中国人の区別がピンとこないのだ。たぶんベトナム人はこれを聞くと怒るだろうが(一般的にベトナム人は本音では中国嫌いが多い)
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チョロンのビンタイ市場は外観も中も昔どおりだ。
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しかし、その市場のまわりはすごい変化だ。住宅街なのか、こんな高層マンションがニョキニョキと続々とできつつあるのだ。
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たまたまデタム通り近くで停車していた、これがベトナムというかアジアの各国で利用されている、長距離夜行専用の二階建て寝台バスだ。車内は横三列で上下の寝台仕様の席がある。もちろん私は乗車したことはないが、確かにこれなら手足を伸ばして寝られるので体は楽であろう。しかし、この姿勢であのぶっ飛ばしを考えると、安全はどうか、私は怖い。
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第二次アジア旅ベトナム メコンデルタ①

10年前にはホーチミンまできても、ほとんど見ることができなかったメコンデルタを今回はホーチミンの日系の旅行会社の2泊3日のツアー個人ツアーで周ることとした。ツアーはホーチミン発着でメコンデルタ最大の街のカントーとカンボジア国境にも近いチャウドクに宿泊して、私たち二人に日本語ガイドと運転手付きの専用車で周って料金はすべて含んで約45,000円である。こんなコースはとても個人では周れないので価格も安くとても便利だ。
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ホーチミンから国道1号線を一時間ほど走るとメコンデルタの入り口の街ミトーだ。ベトナムの国道一号線は北の中国国境の町ランソンから南ハノイを経て南はホーチミンをはるかに超えタイ湾に通じるカーマウまでの全長2,300㌔の大動脈だ。これまで部分部分ではあるが何ケ所かは走ってまたのだが、さすがにこのホーチミンから南は今までとは違い南国を越えた雰囲気がありそうだ。
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ミトーから先は本当のメコンの河口地域で、メコンも前江、後江とその無数の支流に分かれている。その支流といえどもこのあたりまで下ると川幅が何キロもある大河である。このカントーもその前河の支流にできた街のようだ。
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川幅が広大なだけでなく、水量が多いのと運行する船の多いので、川とはいえ結構波がある。
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まずはミトーからはメコン観光の定番であるメコンクルーズだ。モーター付きボートでいくつかある中洲に渡り、その中洲に縦横にある水路を手漕ぎボートで観光する。狭い水路の両側は水中からヤシの一種が林立してメコンデルタらしい景観だ。私たちは10年前にもホーチミンからの日帰りツアーでここへは来ていたのだが、その時はミトーに着いた時からすごい豪雨にあい、この水路でも土砂降りのずぶ濡れにあい、ほとんど観光どころでなかったのだ。
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このミトーから先はこんな巨大な橋をいくつも越える。最初のミトーから対岸のベンチェーを結ぶ橋は全長8,000mもありという。そのうちいくつかは日本のODAで作られたものもあり、これらの橋が完成した現在はホーチミンからメコンデルタへのアクセスは劇的に改善したという。確かにこんな川幅の広いメコンを船やフェリーに乗り換え乗換渡っていくことに比べれば当然だろう。その結果としてこのデルタ地方にも日本などの工場もそうとう建設されたそうだ。
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あまりにも長いので向こう側が見えないのだ。
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このあたりで良く見かける店だ。これがドライブインというか喫茶、休憩所だという。
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茅葺の小屋の下に小さなテーブルとハンモックだ。ドライバーはここで一休みというか睡眠をとるのだとか。
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ツアー初日はカントーでの宿泊だ。カントーはミトーからさらに⒉時間ほど南下してメコンの後江に架かったカントー大橋を渡ったとこのメコンデルタ最大の街で、デルタの農産物の集積所であったり商業の街でもあるという。
今回のツアーでは私たちがホテルを選んで手配してもらった。このホテルはカントーでは中級で(高級ホテルは1軒しかないが)朝食付きで約5,000円と、ここまでくるとさすがに物価は安いようだ。
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メコンの支流であるカントー川の岸にタンアン市場がある。このあたりは再開発エリアということで、大きな市場は新カントー市場に移動したようだが、逆にこちらのほうが雑踏としていて楽しい。
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椎名誠のベトナム紀行文では、市場をのぞいたら、たくさんの食料品の中に「蛇がわらわら」売られていたという記事があった。怖さ半分期待半分でのぞいてみたらさすがにこの時は蛙はあるが、蛇売りはなかった。まあそれは今から20年以上昔の記事だからか。しかし後でガイドに聞いてみたら、今でも蛇は珍しくはないが高級品だという。
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第二次アジア旅ベトナム メコンデルタ②

カントーはさすがにメコンデルタの中心で交通の要所らしい、カントー川を見ているだけで、人も物流もメコンによってなされているかがわかる。
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対岸へ行くにも、隣町へいくにも船だ、フェリーや貨物船もあるけど、こうした小舟のおおいこと。メコンに架かるメコン大橋のような何キロもある長大な橋は有料なだけあって、大型工場のトラックなどではあるが、個人や人の利用は少ないようだ。たしかに岸辺の町から岸辺の町への移動ならこのほうが便利かもしれない。
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左はガソリンスタンドだ。右はいろんな船を周って飲み物などを売り歩く舟。
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メコンデルタ、そしてこのカントーを代表する風景が、カイラン水上マーケットだ。カントー市内から船で20分ほど下った川の中に周辺の7つの支流から果物や野菜を満載した、大小さまざまな舟が集まって売買をする水上マーケットだ。だいたい早朝から午前中に取引を終えるようだが、ピークの7時頃には延々1キロくらいに渡って舟が集まるという。
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大きな船は卸業者の船で小さいのは売りに来た農家か、買いにきた小売業者の船だ。卸業者はここで仕入れてミトーやホーチミンの市まで売りに行くそうだ。
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売買される商品は白菜、キャベツ、ウリ、トマト、バナナ、ココナツ、パイナップルなど様々だ。
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こうした水上市場探検の観光客をのせた舟もギリギリ近くまで寄って見せてもらえるのだ。
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これは卸業者の舟についている看板だそうだ。これでどんな品物を扱っているかを表示していると。左は芋で右はネギだ。
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ラオス、カンボジア、タイにベトナムとどこへ行ってもメコンはまさに生活そのものだ。
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漁する人のとなりで洗濯物をする人がいる。なんとも言えないごちゃまぜだ。しかし大河はそうしたことも全てを受け入れるのだろう。
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ライスペーパーの工場だ、春巻きの皮でもあり、ベトナムではいろいろな料理に使われているので、大きさや厚さなど何十種類ものライスペーパーが作られている。全て一枚一枚手作りであり、天日乾しなのだ。
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第二次アジア旅ベトナム メコンデルタ③

チャウドクはメコン後江の上流でカンボジアとの国境にも近い町だ。小さな町だが、中国系やクメール族に加えイスラム系のチャム族などもいてちょっと独特の雰囲気のある町でもある。町は後江の岸にあるが、その後江はこのあたりでは湖かとも思えるほど川幅もゆったりとして、そこには多くの水上生活者の家もある。私たちのツアーではこのチャウドクの周辺観光の後はホーチミンへ戻るのだが、バックパッカーなどのツアーではほとんどの旅人がここからボートでカンボジアの首都プノンペンへ抜けるという。スピードボートで約4時間ほどでプノンペンに行けるというからかなり近いようだ。
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湖のような後江の上には見渡す限り何百軒という、水上集落がある。
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これはその集落のうちの魚の養殖をしている家だ、この家の下に大きな生簀がありそこでナマズを養殖している。もちろんこの家は養殖場であると同時に生活している家でもある。こんな家がここにはかなりあるという。
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家のリビングのような場所に生簀の入り口??がある。ここからエサをやるのだと。
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エサは主に米ぬかだと、そういう意味でも米を大量に生産しているベトナムでその米ぬかがこうして魚のエサになるとはとても合理的だ。ここで大きく育ったナマズは主にアメリカに輸出されているという。右下はその奥にある生活のスペースだ。
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チャウドク市街から後江を水上集落の向こう側の対岸にはチャム族の集落があった。集落は後江の河川敷のような場所にあり、全ての建物は高床式、それも相当な高さの高床だ。
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後江と集落の反対側は道路となっていて、その道路から各家には桟道で出入りする、また家同士も桟道で繋げて行き来ができる。ここまでするのはやはり毎年の雨季にはこのメコンの水嵩が相当高くまでくるからだという。そして同じ雨季といっても年によっては相当差があるという。こうして毎年のを記録していた。
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チャム族はイスラム教徒だから当然モスクがある。ベトナムでのモスクは珍しい。
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その道路側には野菜や果物の露店が出ていて、買い物の主婦や子供たちたちで賑わっていた。チャム族はイスラム教徒ではあるが、ガチガチということではなく、その姿も南国らしく明るい。ここにはいろいろな民族の人も混じって暮らしているのだろう。
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チャウドクからさらに奥地へ行くと広大な湿原であった。しかしこの湿原は自然のものではなく、堰を築きメコン支流の水を引き込んで作ったという。湿原の中の自然林の中にできた水路には水草が群生して、野鳥や野生動物なども多く、こうしてボートで周遊できるようになっている。ガイドの説明では一種の自然公園にもなっているようだが、この湿原を作った本当の目的は理解できなかった。もろろんこんな場所(地名もよくわからない)は日本のガイドブックにも載っていなかったが、いずれにしてもこのベトナム最南部、メコンデルタやカンボジア国境にはまたまだ私たち観光客の知らない場所が多くありそうである。
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来るときは幾つもの長大な橋でメコンを渡ってまたが、ホーチミンへの帰りは一部をフェリーに乗った。橋ができた今でもフェリーは重要な交通手段らしく、このロンスェン近くのフェリー乗り場には乗車待ちのトラックなどの長い列ができていた。その車めあての商店やこうした売り子がいるということは、相当な利用があるのだろう。少なくともこのトラックや車の列にはほとんど観光客はいないのだから。
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まるで海のようなメコン。フェリーも行先別にかなり多い。みな川にしては大型フェリーだ。
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私たちはこのフェリーに一時間ほど乗った。
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カントーから先でなんと高速道路に乗った。ベトナムでの初高速である。ガイドの話によると、まだ部分部分ではあるが、北の中国国境からこの南のメコン流域まで全国で高速道路を建設中であると。その何十年か昔、ハノイからハロン湾まで今なら2時間もあれば行ける道を5時間以上かかった穴だらけの国道のことを考えると、さらにそれらが高速道路で繋がると思うと感慨深いものがあった。
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第二次アジア旅ベトナム ホーチミン②

ハノイやホーチミン市内ではほとんど見かけなかった白いアオザイ姿の高校生も、郊外や郡部の街ではまだ見かける。このあたりもかわったことの一つだ。
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高校生のアオザイは今でも純白のようだ。昔ならば、街なかのどこにでもいた風景だ、少し寂しい。
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ブイビェン通りとデタム通りはバンコクでいう「カオサン」だ。ホーチミンでの安宿街、ファランや世界中のバックパッカーなどが集まる街だ。ただし今ではバックハッカーとは若者ということではない、エコノミーであり、より深度の高い旅人であり、今では中高年の旅行者のほうが多いくらいだ。ただし残念なことにそれは日本人にはほとんどいなく大半がファランではあるが。かくいう私も深度の高い旅を目指しているが、あまりエコノミーには徹せられないのでバックパッカーとは程遠い旅人だ。
そのデタム通りの安宿街は路地のように入り組んだ細い道が多く、そこでは明け透けな庶民生活も見られる。
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窓もドアも開けっ放し、アジアそのものだ。
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私たちがホーチミンに滞在したのは12月の中旬でちょうどクリスマスの時期であった、一昨年にバンコクに滞在した時もそうであったが、ここホーチミンでもクリスマスはとても賑わうようだ。特に若者の世代ではあるが、かっての日本以上に街は着飾った若者たちで溢れていた。
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バンコクもそうだが、この時期のネオンサインはすごい、節電とか電力不足とは無縁なのか。
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驚いことの一つがその若い女性の大胆な服装だ、南国だから見慣れていると言えはそのものだが、なんと露出度の高いドレスの多いことだ。それともう一つがカメラ撮影だ、これは全世界的にデジカメのせいもあるが、あちらもこちらも、その露出度の高い女性を撮っている友人同士の目立つこと。今までの世界旅でもこれは初経験だ。
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このドンコイ通りのベトナム人は皆ナルシストだ。
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北のハノイから南のメコンデルタまで20日間かけてベトナムを南北に約2000㌔の縦断した。これからタイのバンコに移動だ。
ホーチミンの空港はまだ新しく、ハノイに比べると随分大きい。約1時間ちょっとでバンコクへ着くが、タイ航空では機内食もでた。
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第二次アジア旅 バンコク①チャオプラヤと舟

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ベトナム縦断の旅からバンコクへ戻った。バンコクもチェンマイ同様まる三年ぶりだ、前回は退職してすぐだからちょうど60歳になる直前だった。今回は年が明けると63歳になる。早いものだ。この三年のうち1年3ヶ月ほどは沖縄に住んで仕事をしていたが、あとはほとんど旅暮らしだった。そしてその月日の経つのが早いこと。まさに光陰矢の如しだ。こんな調子でこれから先もあっと言う間に月日が経つかと思うと、すぐに70歳、80歳だ。もっともそこまで生きていられるかどうかだが。仮に生きていられるとしても、こんな生き方ならあっとの間で終わりそうだ。
前回も宿泊はチャオプラヤ川岸のホテルに滞在したが、今回も同じホテルにした。ただし今回は前回に来た時に見つけておいたカオサンのホテルにも少し宿泊してみた。もちろんチャオプラヤに面したホテルではあるが。
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少なくとも三年前の時点ではカオサンで一番良いと思ったナヴァライリゾート。なんといっもチャオプラヤのカオサンの船着場に位置し、カオサンの街も徒歩三分の立地。宿泊した部屋は最上階のカオサン川の部屋、このロケーションで料金は朝食付きで約11,000円の安さだから、さすがカオサンだ。今回この数件隣りにさらに新しくもう少し高級そうなホテルができていたので、次はそちらに宿泊してみようと思う。部屋からの眺め、目の前がホテルのレストランでその前が船着き場だ。
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カオサンに5泊ほどして、その後はお決まりのシャングリラホテル。定宿と言えるほどはきていないが、それでも私はこのシャングリラには5回目の宿泊だ、もちろんこのチャオプラヤ地区でも一番高級ということではないが、オリエンタル、ペニンシュラについでのランク。格調の高さも料金もほどほどで私にはちょうど良く居心地の良いホテルだ。
川岸の正面はオリエンタル、右端がシャングリラ。
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シャングリラは約850室ある巨大なホテルだが、この先端のベランダ付の部屋は1フロアーに3室しかない。この眺めが気に入って、このホテルに宿泊するのだ。私の知るかぎり、バンコクではこの眺めが一番だろう。これはオリエンタルやペニンシュラの部屋以上のはず。
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このベランダのすぐ右にあるマンション、新しくはないが、このホテルと同じようなロケーションだ。宝くじでもあたれば、これが買いたい・・・とカミさんは三年前から言っている。
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シャングリラの対岸。右側がペニンシュラで左は新しく建ったマンション、その名も"ザ・リバー"だ。
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これが三年前にシャングリラから撮影した"ザ・リバー"の建築中の写真、今回改めてこの完成したマンションを見て月日が経ったことを思い知らされた気がしたのだ。
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第二次アジア バンコク②チャオプラヤと船

本当にこのチャオプラヤ川を気に入っている。その風景でなく、その周辺の雰囲気もなにか心地よいのだ。半ば本気でこのチャオプラヤの岸辺のマンションに住もうかと思っているほどだ。私たちは東京都内でも運河の多い下町に街に住んでいる。隅田川も近く、よくその川辺や橋を散歩する。だからと言う訳ではないが、どうしてもこのチャオプラヤと比較してとまう。何が一番違うか、それは船である。チャオプラヤの船は今でも、バンコクの最重要交通機関である。観光用だけでなく、通勤の足や産業の輸送などあらゆる面で現役バリバリの交通の要所なのだ。
私たちの部屋からのチャオプラヤの夜と昼の光景だ。
夜は周辺のホテルのシャトルボートや大型レストラン船のネオンが美しい。
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昼はなんといっても、この4連結の大型貨物船だ。オースラリアのアウトバックを疾走するトレーラートラックをロードトレインと呼ぶが。こちらはまさにリバートレインだ。渡し船からこれを真近で見たときの迫力は凄い。
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このリバートレインには、このように家??もあり、ここで生活が営まれているようだ。働き手の男だでなく、女性や子供、もちろんお犬さままで飼われているよ。
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このシャングリラの前はBTSの駅とサトーンの船着場の交差点なので、リバーサイドのホテルやマンションのシャトル船が一日中ひっきりなしに行きかう場所だ。
左はバーンチャオプラヤはここからかなり上流にあって結構古いマンションのシャトルボート。右はペニンシュラのシャトルボート。
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左はマンダリンオリエンタル。右はヒルトン。
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左はシャングリラ、右はここからちょっと下流に昨年オープンしたマーケットのリバーシティの無料シャトルボート。
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左はロイヤルオーキッドェラトン。右はどこかのマンションだろう。
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左は正面のマンションザ・リバー、右はオリエンタルの船着場。
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バンコクの中心部だけでもチャオプラヤの渡し船はたぶん20ヶ所くらいはあるだろう。料金は10~15円くらい。無料で渡れる立派な橋もたくさんあるのだが、タイ人は歩くのが嫌いだ。だからこの渡し舟に乗る。通勤、通学、買い物、なんでもこれに乗る。たしかに楽だし涼しいし。
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おなじみチャオプラヤエクスプレス。特急便、急行便、各停便とさまざま、色のついた旗で見分ける。間違いなくバンコクの幹線交通だ。
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左は工事用の船。
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左はスピードボート、観光客のチャター船で、チャオプラヤーやその支流の運河を猛スピードで走る。
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どれも、夜のチャオプラヤの花である大型のレストラン船だ。たぶん毎日数十隻はでる。こうした華やかなネオンと音楽を鳴らしながら、チャオプラヤを往復する。このシャングリラの前が一番賑やかな場所でもある。
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最後はオマケでチャオプラヤの支流を疾走する運河ボート、こちらも幹線交通だ。
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第二次アジア 旅バンコク③

今回のバンコクは始めの何日かをカオサンに宿をとつた。カオサンはいうまでもなく、バンコク一番の安宿街である。
そして俗にいうバックパッカーの聖地、溜り場でもある。ここも約三年ぶりで、最初に訪れた時からは十数年経っているが、街そのものは大きな変化はないが、訪れている旅人は変わった、まず第一に日本人はいないくなった。つまり日本の若者は海外旅行をしなくなった。ただしこれはカオサンだけでなく、とこの海外も同じだ。次はバックパッカーなる旅人の年齢が高くなった。白人、つまりファランの旅人も若い人より私たちに近い、つまり中高年の旅人になった。若いころに行った、または若い時には行けなかった、そういう人が、年齢を重ねて今、旅にでているのだ。まさに私がそうなのだけど。
ここは寺院裏通り、本通りと違いこうしてゆったり過ごせるので私が一番好きな場所だ。いつもこの席に座りビールを飲みながら、道行く世界中の旅人を眺めている、ここは本当にさまざまな旅人がいる、眺めているだけで世界中を旅しているようでとても楽しい。そういう意味で今回はカオサンに宿をとった。
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今回は私たちの席の隣にはたいていコイツ(ワンスケ)がいた。タイの犬は常に腹が満ちているのか、食べ物なんかねだったりはしない、ただ徘徊と昼寝の繰り返しだ。
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カオサン通りには何種類もの屋台がでているが、一番多いのはこのバッタイだ、いつも通りには5~6軒はあるはずだ。野菜とエビ入りの焼きそばだが、このように麺が何種類かあり選べるのだ。これはかなり美味い、だいたい一杯100円程度だ。
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タイの各地でみかける移動銀行だ。左側はATMで右の人がいるのは外貨両替だ。ATMのデータってどうやって獲っているのか不思議、治安上からも日本ではありえないのだが、もっともアジアでは通常のATMでも店内でなく、建物の外に普通についている。治安の一番良い日本ではなくて、俗にいう治安の悪いアジアでだ。何が違うのか、どういう考えなのか。
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夜のカオサンどおり、まさにインターナショナル、日本人は見ないが、韓国人に中国人もいる。
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夜になるとこうして通りにズラリと椅子がでて巨大マーッサージが出現する。見ているだけで壮観だ。カオサンのマッサージは安い、だいたい一時間で500円ほどだ。
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バンコクは三年前の前回と今回で約2ヶ月以上の滞在となるので、概ね市内は見て回った。今回はバンコクから南へ40~50キロほど離れていて、ちょつと個人では行きにくいアムパワーという街へツアーで行ってみた。アムパワーは、運河の合流地点に発達した町で古い時代のバンコクの情緒に近いということで、最近は外人観光客というより、タイ人に人気の町だという。タイ人がこうしたレトロな町を好むというのは、どうも私たちにはピンとこない、なぜなら日本人から言えばタイやバンコクそのものが全部レトロな雰囲気があるからだ。タイ人の感覚は面白い。
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網の目のように張り巡らされた運河の岸部にこうしてびっしりと小舟が並ぶ。小舟はそれぞれがレストランであり厨房なのだ、オバサンたちが、観光客に声をかけさまざまな料理り注文に応じている。観光客はそれをこの岸部の階段に座って食べるのだ。
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特に週末は凄い人だという、それを聞いた私たちは平日に来たのだが、それでもこの人出だった。
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アムパワーはもう一つ、広大な運河のあちこちに蛍が見られるという。ツアーも町の散策の後は船に乗り蛍狩りにでた。一時間ほどで真っ暗に運河のあちこちで多くの蛍をみることができたが、残念ながら写真はとれなかった。
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三年前にはまだ工事中だった新交通のBRTが開通していたので乗ってみた。ようはBTSの駅から郊外へ渋滞にならないような専用の道路を走るバスだ。たしかに全く渋滞知らずで早く快適だ。しかし新しい道路を作ったわけではないので、この分は他の車を排除してはしるので、このBRT以外の車にとってはとても迷惑ではないか。
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ホテル近くの公園でみかける子供たち。学校の行事かなにかの練習風景だ。バンコクではこうした光景をよく見かけた。なかなか楽しそうだ。
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バンコクには何回も来ていて、その都度チャオプヤ川沿いのホテルに宿泊したが、レストラン船でのディナークルーズに参加するのは今回が初めてだ。ちょうどクリスマスの時期であったが、クリスマス明けの日には予約がとれた。この船はバンヤンツリーホテルの運営するアプサラディナークルーズだ。チャオプラヤのディナークルーズは大型船で音楽やショーが入りブッフェ形式というのが多いが、この船は小型船だが、落ち着いてテーブルでのタイ料理のコース料理の形式である。一般的にファランなどは賑やかな大型船を好むようだが、私たちには食事をとりながらチャオプラヤの夜景をゆっくりと楽しめるこちらのほうが好ましいのだ。座席は片側にひとテーブルづつでどの席からも眺めがよく、料理もさすがにバンコクの老舗ホテルの運営らしくしっかりとしたタイ料理であった。
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久しぶりに訪れたルンビニ公園の大とかげも健在だ。
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第二次アジア旅プーケット

クリスマスはバンコクで過ごしたが、大晦日・正月はプーケットで迎えた。このパターンの三年前と同じである。クリスマス前のバンコク市内の高揚した様子に、大晦日のプーケットでのファランたちのばか騒ぎ、これが魅力でまた同じパターンで旅をした。
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プーケットの海岸はいつでもファランでいっぱいだ。もちろんこの12月と言う時期だから特に多いのだろうが、寒いヨーロッパを逃れてきたいるのだろう。しかしその雰囲気は日本からハワイへ行く人々とこうも違うのだろうか。
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大晦日の夜はこの水上のステージでタイ人のコンサートがあるようだ。これは例によって大音響の音を覚悟せねばならない。
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いよいよ大晦日、ロイカートンのバルーンと大小の花火、ファランのどんちゃん騒ぎが深夜というよりこの日は明け方まで続くのだ。
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ここの花火の凄いのはこのビーチの普通の場所にこうして大型の打ち上げ花火が砂浜のそこらちゅうにニョキニョキ埋め込んであり、うかうかすると自分たちのすぐそばでコイツが大音響と大火花で打ちあがるのだ。よくこれで怪我人、いや死人が出ないものだ。日本では考えられないほど危険なのだが、南国人のタイ人はともかくファランたちだって平気なのだ。精神構造が日本人だけ違うというのか。
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またこれとは別に浜辺でけっこう大きな打ち上げ花火が売られており。ファランたちが買ってはどんどんうちあげるのたが、これが相当な火薬の量で、これもとても日本ではうれないような危険物である。
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前回のプーケットはひと月以上の滞在だつたが、今回は一週間なのでオンザビーチのホテルにした。さすがに大晦日正月のこの場所なので、今回の旅でも最も料金の高いホテルとなった。1泊朝食付で約25,000円でバンコクのシャングリラより高い、格ではそれより下なのに。
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賑やかなプーケット島だけど、ちょっと外れにはこんな静かな部落もまだ存在する。
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この犬たちどうしてあそこにいるのか????潮が引くと陸続きになるのか、それとも泳いできたのか。
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プーケットからシンガポールには俗にいうLCCのタイガー航空にのった。値段というよりちょうど良い昼間のフライトダイヤがあったからであるが。タイガー航空はLCCでも激安の部類ではない。このプーケットからシンガポールも約1時間30分の距離で一人12,000円ほどである、それも2ヶ月も前に予約してである。そのかわり座席やサービスは大手と遜色はなかったが。右はすぐ横に駐機していたマレーシアのエアーアジアの面白いペインティングの機体。
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第二次アジア旅シンガポール①

シンガポールは私は旅行会社時代に出張で3泊ほどしたことがあるが、少なくとも10数年前だし、カミさんは今回が初めてだ。プーケットからは1時間半ほどのフライトだが、地図を見てみると、マレーシアのマラッカとは200キロ程度しか離れていない。
空港が近づくとシンガポールの街の沖にそれこそ無数の船、たぶん貨物船でありタンカーであろうが、停泊している、さすがにこの何十年が工業化がすすんだ国(街)だと感じる。
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前回の出張の時はここからビンタン島へ渡って、ビンタンリゾートの仕事だったので、シンガポールの街はほとんど見なかったので、とりあえず定番の観光地へ行ってみた。まずはお決まりのマーライオンとラッフルズ上陸記念の地だ。聞いてはいたがマーライオンは確かにそんなに大きくはない。
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ひと昔まえならシンガポールの街はどこを歩いてもチャイナタウンのようなものだったらしいが、今では街の近代化、都市再開発という名目で、今では、チャイナタウンという名でそれらしいのはこのシンガポール川の南側の一画でけのようだ。
そのチャイナタウンにてしも、すでに開発や区画整理により整然とした街並みとなり、歴史や年代を感じるような建物は皆無だ。かってこの町で生活してきた住民は今では高層住宅へと移り住み、華人らしい生活臭はみじんも感じられない。
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チャイナタウンにはいくつかの大きなホーカーズがある。ホーカーズとは路上屋台の英語らしいが、もともと路上にあった屋台を衛生面からビルや建物の中に集約したものだそうだ。たしかに水道設備もあり衛生面では安心できるが、なんとも味気ないものになった。ホーカーズはとどのつまりフードコートと同じだ。
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風情はなわいが、中華料理、マレー料理、いんど料理などここでは少なくとも100軒以上の店があり、空腹時ならそれらの店とメニューを見ているだけで楽しい。たいていの店では看板に写真か、見本料理があるので言葉は通じなくても大体はわかるのだ。
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私たちがいたのは昼間の中途半端な時間だったからかもしれないが、けっこういるお客の大半は老人かリタイアした人たちのようであった。中には昼間からビールを飲み楽し気な時間を過ごしている老人仲間も多い。
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代表的なホーカーズ料理のワンタンミー(左)とチキンライスだ。チキンライスは鶏のだしで炊いたご飯にゆでた鶏をのせたもので海南飯とも呼ばれるらしい。味付けはとてもシンプルで塩と鶏だしだ、これにバジルやトウガラシの味付けをしたら、タイ料理のカオマンガイである。
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次はリトルインディアだ。この町ははっきりとしていて、歩いているのはほとんどインド人だ。女性はみなサリーをまとい、あきらかに他の街とは雰囲気が違う。大きくはないがヒンズー寺院もあり、街には独特の香辛料の匂いがする。ただし街の造りや建物はやはり整然としていて情緒はない。
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こちらはアラブストリートだ。サルタンモスクを中心にイスラムの匂いの濃い地区だ。当然イスラム系の人も多いがアラブやブスギ(インドネシアのスラウェシ島)の商人たちの街として栄えた地区として再開発はされているが、それでもチャイナ、インドの地区の比べると多少は風情が残っているようだ。
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道の両サイドに並ぶレストランやカフェはちょっと良い雰囲気だ。
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クラークキーはシンガポール川の両岸に散策道とレストラン、カフェの並ぶ、シンガポールでも中心的な観光地区である。もともとは19世紀の貿易の拠点であり、両岸に倉庫街として発展したという。再開発はされているのだろうが、それでも川岸という立地からか昔のシンガポールの面影を感じられる街だ。ただしここには和食から世界料理までさまざまなレストランがあるが、その料金はとても高い。ハッキリ言って、パリやロンドンより高いかもしれない。
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シンガポール川とマーライオンを結ぶリバーボートの乗り場もここにある。
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第二次アジア旅 シンガポール②

十数年前のシンガポールはどうだったかが、ほとんど記憶がないが、このビル群だけ見ても大きく変わったのだろう。
アジアでもナンバー1と言われる経済発展で、すでに先進国となった。街は工業と商業の発展に伴い、大規模というより国全体を再開発して、たぶんマレーシアから独立した当時の面影もないのではないか。もちろんそれは東京23区と同じ程度の面積しかないゆえ、この短期間で変化したのと思うが。
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その中でもここ数年で劇的に変化したのが、このマリーナ地区のようだ。凄いの一言しかないが、よくこんなお金があったのかと。
マリーナ地区の象徴のマリーナ・ベイ・サンズホテル、アメリカのラスベガスのホテルの系列だそうだ。約2,500室ある巨大さだが、この凄いとしか言えない形。上部の部屋はホトンドオーバーハングになっていて、私にはちょっと怖くて泊まれない。屋上のプールテラスは写真でみてもまさに絶景のようで、シンガポール一の眺望だが、当然私は怖いのでいけない。あんな所はとんでもないとしか思えない。
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この形、上層階は眺めもよいが、足元は空中しかない凄いことになっている。
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サンズモールは全長が一キロ以上はある三層建てでレストランや高級ショップの続くモールだ。たぶん私の知識ではヨーロッパにもアメリカにもこんなの無いのではと思う。海に突き出た岬のようなLVの店舗。ただし私の訪れ多日はそのモールや店は閑散としていてお客はほとんどいない。こんなことで潰れないのか疑問だ。
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このホテルの海側には広大な植物園ガーデンズ・バイ・ザベイがある。まだ完成していないようだが、完成したエリアや設備だけでも凄い。
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スーパーツリーと呼ばれるか高さ50メートルもある人口の巨木、何本かの巨木を空中回廊のように結ぶ通路があり、眼下の熱帯雨林の植物を眺められる。通路はワイヤーで吊られている状態のようだ、怖くて上がれなかった。
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超巨大ドームの熱帯植物園、熱帯植物園好きの私が今まで見た中では、スバ抜けて巨大だ。アフリカやマダガスカルのパオアブの樹だけでも見る価値がある。
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もう一つのドームは人口の熱帯雨林の山と滝だ、このていどなら私でも登れた。なかなか素晴らしい景観だ。
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こちらはセントーサ島、ユニバーサルスタジオやリゾートホテルも増えたり、新しいビーチなどもあったが、それでもまだ少し自然も残り、ホッとする気がする。
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パンダもいると知って動物園へ行った。シンガポール動物園は街からは少し離れていて、MRTと路線バスを乗り継いで市街から一時間ほどだ。なかなか広く動物も多いのだが、何と言っても暑くてゆっくりは見学できないのだ。
ただしパンダ舎だけは冷房完備で快適だ。またこのパンダ舎はそんなに混んでいない。パンダは今回の旅でチェンマイでも見てきたが、とこのパンダも同じで、尊大でいつも笹を食べてばかりいる。
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ホワイトタイガーだ。さすがに見応えのある奴だ。アジアの動物園では普通の虎よりこちらが定番のようだ。
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おなじみのオオトカゲ、こいつも悠々だ。
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現在のシンガポールはある意味で団地国家だとも、典型的な資本主義のこの国には、相当な金持ち多くいる、たぶんそれは日本の金持ちよりケタはずれの金持ちだ。彼らは郊外に広大な邸宅や市街地に豪華にマンション暮らしをしている。そして普通の庶民のほとんどが、一定の水準を持ったいわゆる団地に住むようになっているという。俗に言うアジアの各国にあるような貧民街や粗末な家はないらしい。それはこの何十年かで、郊外に開発と建設された大量な団地に変わったという。たしかにMRTの各線に乗って郊外に行ってみたが、どこもここも団地だ、しかもそれは今でも大量に建築されているようだ。
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MRTは市街地から郊外を直通で結ぶ交通だ。市街地では地下を郊外に出ると地上を走っている。国の面積が東京23区と同じ面積で、路線が10路線ほどあり、郊外をもれなくカバーしているようだ。現在もまだ建設中の区間もありかなり便利なようだ。
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おどろいたのがこれだ、車両の扉が開いた状態でホームとの隙間がほとんどないのだ。これなら車いすでも、日本の地下鉄などで見かける、渡し板など不要だ。一人でも乗り降りできる。
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東南アジアでも最も高い格式と伝統を持つラッフルズホテルだ。玄関のインド人の良く似合うこと。
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私たちの宿泊したホテル。マリーナ地区の中級ホテルで朝食なしで約20,000円だから、かなり高い、シンガポールはやはりこうした国でけあり、物価は相当高い、ホテル代も食事もだ。
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シンガポールでの特筆すべきことはタバコの喫煙のことである。シンガポールは喫煙にたいしてはとても厳しく、ほとんどの場所で喫煙ができないと、ガイドブックなどでは喫煙者には厳しい国だと言われていた。そういう意味で喫煙者の私たち夫婦はその覚悟で入国したのだが、実際はそうではなかったのだ。街ではけっこう多くの市民が路上で喫煙している。この街は歩道では100mおきぐらいに、また建物の前にはたいてい立派な灰皿が完備されている。喫煙している市民の中にはOLらしき女性や主婦らしき人もいる。そして多くはないが、灰皿の無い場所にも吸殻が落ちているのも見かけた。つまり前評判で聞いていたのと異なり、国民の何割かは喫煙しているし、その場所にもそんなに困らないのだった。ただもちろ建物の中や室内では喫煙できないのだが、いまどきではそんなことは日本でもそうである。そして驚いたことに私たちの宿泊したホテルでは、喫煙可能の部屋もあるのだ、チェックイン時に聞かれ、私たちは喫煙室となったが、これがベランダでなく、なんと室内でも吸えたのだ。
入国時のタバコのもちこみ。通常というか、過去私の訪れた40~50国ではほとんど大人一人1カートン(200本)は無税で持ち込みができた。しかしこのシンガポールは1本でも持ち込みは税金が要る。今回も私はその事実を不覚にも入国の数日前まで知らず、その時点でバンコクで手に入れた日本のタバコを持っていた。シンガポール入国時にべらぼうに高い税金を払って持ち込むか、捨ててしまうか悩んだ。持ち込んでも上記のようにほとんど吸えないと思っていたからだ。結局税金を払ってもちこんだが、ある意味よかったと思った。

今回のアジア旅行もこのシンガポールで終わりだ。59歳でリタイアした冬にまず半年のアジア旅にでた。その旅から帰国後しばらく東京の自宅にいたが、翌年は3ヶ月間のヨーロッパ旅行をした、その後訳はあって1年と3ヶ月ほど沖縄で仕事をして暮らした。そして沖縄から東京へ引っ越しをしてくるとすぐこの旅に出た。この旅は約2ヶ月ちょつとだ。つまり最初は半年、次が3ヶ月、そして今回が2ヶ月だ。どんどん旅の期間が短くなった。この理由は決して時間がないとか、お金(旅行費用)が不足しているということではない。本来リタイアして死ぬぼどの時間があれば、半年でも一年でも永い旅をしようと思っていた。帰る日なんかいつかわからないような永い旅だ。
しかし、現実として最初の半年から逆にどんどん短い旅になってしまっている理由は、第一は長旅の体力の自信がなくなったこと、第二は個人旅行はどうしても気楽という訳にいかない、全て自分で手配し結果もうける、体力以上に旅を続けるには気力がいる。その気力も減少してきた。つまりリタイアした三年半前からどんどん体力と気力が無くなっているということだ。
帰国したら、また次の旅のことを考えるだろう、しかし次の旅はどんな旅になるのやら自分でもまだわからない。
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